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旧安田庭園(両国)
東京都
元禄3年頃に本庄宗資が造営した隅田川の干満を利用する汐入回遊式庭園、安田財閥を経て関東大震災後に市民へ無償公開された両国の大名庭園
創建
1690
種別
史跡
アクセス
JR両国駅から徒歩5分
東京都墨田区横網2-3-25
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基本情報
史跡
創建 1690
336年目
概要
元禄年間(1688-1704年)に本庄宗資が作庭した汐入回遊式庭園で、江戸時代には隅田川の潮の干満を利用して池の水位が変化する「汐入の池」が美しい大名庭園として知られた。明治期に安田財閥・安田善次郎が購入したことから「旧安田庭園」の名で呼ばれるようになった。関東大震災(1923年)後に東京市に寄贈され、現在は墨田区が管理する無料の公園として公開されている。両国国技館・旧江戸東京博物館(現在改修中)に隣接する両国の歴史的名所で、庭園内の景観は江戸の大名文化の片鱗を今に伝える。春の桜・秋の紅葉が美しく、散策の名所。JR両国駅から徒歩5分。
由緒
旧安田庭園の歴史は元禄3年(1690年)頃にさかのぼる。常陸府中藩主・本庄宗資が隅田川に面したこの地に汐入回遊式庭園を造営したのが起源とされる。隅田川の潮の干満を利用して池の水位が自然に変化する「汐入の池」を中心とした構成で、江戸時代を通じて典型的な大名庭園として機能した。その後、庭園は幾度か所有者が変わり、明治期に入ると実業家・安田善次郎(安田財閥創始者)が購入し、「安田庭園」として整備・管理した。大正12年(1923年)の関東大震災後、安田家の遺志により東京市に寄贈され、翌年から市民に公開された。第二次世界大戦後は東京都を経て墨田区に移管され、現在は墨田区が管理する無料の公園として公開され…
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