中央区明石町(江戸期の築地鉄砲洲)に立つ慶應義塾発祥の地記念碑。安政5年(1858年)10月、中津藩士・福澤諭吉(1835〜1901)が中津藩江戸中屋敷の一隅に蘭学塾を開いたのが「慶應義塾」の起源で、明治4年(1871年)に三田の旧島原藩中屋敷跡(現・慶應義塾大学三田キャンパス)に移転するまでの13年間、この地で塾生を育てた。記念碑は聖路加国際病院本館前の歩道脇に立ち、近代日本教育の原点を今に伝えている。福澤は『学問のすゝめ』『西洋事情』『文明論之概略』などの著作で明治の啓蒙思想を牽引し、1万円札の肖像にもなった近代日本教育の父。築地鉄砲洲時代の蘭学塾は、後に慶應義塾大学へと発展する日本私学の出発点となった重要な場所である。