安永2年(1773年)初代桃井春蔵(直由)が日本橋南茅場町に開設し、後に2代春蔵(直一)の代で南八丁堀大富町蜊河岸(現中央区新富)に移転した鏡新明智流の剣術道場跡。4代春蔵(直正)の代には「技の千葉(玄武館)」「力の斎藤(練兵館)」と並び「位の桃井(士学館)」と称された幕末江戸三大道場の一つとして全国に名声を轟かせた。土佐勤王党の武市瑞山(半平太)、岡田以蔵らが門下で鍛錬を積み、幕末の土佐勤王運動の剣術的基盤を当道場が提供した。明治に入り4代直正が1885年に没すると廃絶したが、中央区立京橋公園内には由緒書きが立ち、桃井道場から幕末志士たちが巣立った往時を今に伝える。龍馬・半平太・以蔵ら幕末三大道場出身の志士が活躍した江戸剣術史の重要拠点。