鎌倉市七里ガ浜の海岸沿いに伽藍を構える本門佛立宗の寺院で、山号は鎌倉山。本門佛立宗は安政4年(1857年)に長松清風(日扇聖人)が京都で本門佛立講を開いたことに始まる日蓮門下の宗派で、在家信徒の自主的な信仰活動を重んじる近世末期成立の比較的新しい教団である。当寺はその地方布教の第一号親会場として、大正4年(1915年)に東京渋谷の乗泉寺によって鎌倉扇ガ谷の地に開かれ、のちに現在の七里ガ浜へ移転した。鎌倉地方における唯一の本門佛立宗寺院として、湘南地域の門信徒の中心となっている。本堂は白を基調とした近代的な意匠で、本堂前からは相模湾越しに江ノ島と富士山を遠望し、眼下には江ノ電が走る。札所には数えられないが、海・空・山が一体となった鎌倉らしからぬ開放的な景観のなかで御題目を唱える独自の参拝体験を提供する。樹木葬の墓苑「鎌倉顕証寺墓苑」を併設し、現代的な祈りの場としても機能している。江ノ電七里ヶ…
本門佛立宗の起源は江戸末期の安政4年(1857年)にさかのぼる。京都の僧であった長松清風(後の日扇聖人)が、出家者中心の旧来の仏教教団に対して在家信徒自身が御題目を唱え信仰生活を営む在家中心の信仰運動として「本門佛立講」を開いた。日蓮の教義に立脚しながらも、平易な御題目唱題と信徒同士の助け合い(御講・連合)を重視する独特の宗風によって、明治・大正期にかけて急速に教線を拡大した。
顕証寺は大正4年(1915年)、東京渋谷の乗泉寺(明治22年・1889年創設の本門佛立宗の有力寺院)が湘南地域への布教拠点として鎌倉扇ガ谷の地に開いた親会場が始まりである。本門佛立宗における関東地方への組織的な地方布…