龍口山勧行寺(りゅうこうざん かんぎょうじ)は、鎌倉市腰越2丁目に建つ日蓮宗の寺院。嘉元元年(1303年)、但馬阿闍梨・日実(にちじつ)によって創建された。弘長元年(1261年)の伊豆流罪・文永8年(1271年)の龍ノ口法難など幾多の法難を乗り越えた日蓮の行跡を守るため、腰越周辺に整備された六つの日蓮宗寺院(腰越六寺)の一つである。
本尊の三宝祖師と並び、寺の最大の寺宝は「海中出現文殊菩薩像」である。ある漁師が网(あみ)で仏像を引き上げて自宅に持ち帰ったところ、家族に次々と異変が起きたため、この像を当寺に奉納したという伝承が残る。霊験あらたかなこの文殊菩薩像は普段は秘仏として安置されており、毎年10月の大祭の際にのみ開帳・公開される。
水子観音菩薩像も安置されており、子育て・安産祈願の寺としても親しまれている。江ノ電・腰越駅から徒歩2分の立地でアクセスも良い。
文永8年(1271年)、日蓮上人が鎌倉幕府に捕縛され龍ノ口刑場で斬首されそうになった「龍ノ口法難」は、日蓮宗にとって最も重要な法難の一つであり、この地を聖地とした。しかし法難当時に専属の護持寺院は存在しなかったため、以後の信者たちは散発的にこの地を守り続けた。嘉元元年(1303年)、但馬阿闍梨・日実が勧行寺を開創したのを皮切りに、腰越・片瀬の周辺に計六ヶ寺の日蓮宗寺院(腰越六寺)が整備され、龍口の聖地を輪番で管理・護持する体制が整った。のちに片瀬から二ヶ寺が加わり、「龍口寺輪番八ヶ寺」として慶長6年(1601年)に創建された龍口寺の常住住職が明治19年(1886年)に置かれるまでの285年間、…