長宗我部氏が南北朝時代以来本拠とした山城。標高97mの岡豊山に位置し、本丸・二ノ丸・三ノ丸が階段状に連なる。室町時代から戦国時代にかけて長宗我部国親・元親父子が居城として整備し、元親の時代に四国統一事業の出発点となった。天正3年(1575年)の土佐統一後も引き続き本拠とし、天正16年(1588年)に元親が大高坂城(高知城の前身)へ移るまで土佐の政治的中心であり続けた。現在、本丸・二ノ丸・三ノ丸・詰ノ段の石垣・空堀などが残り、国の史跡に指定されている。隣接する高知県立歴史民俗資料館には長宗我部氏ゆかりの甲冑・文書などの遺物が展示されている。