興立寺は本門佛立宗の寺院で、同宗は幕末の1857年(安政4年)に長松清風(法名・日扇)が京都に興した在家仏教運動に起源をもつ。日扇は法華経の題目信仰を庶民に広めるため、寺院を核にした教区制度(ご奉公)を整備し、近代日本の在家仏教運動の先駆けとなった。豊中市の当寺は大阪府下に広まった佛立教区のひとつとして設立され、地域の信徒が集って唱題修行を重ねてきた。戦後の高度成長期に大阪北部が住宅地として開発された際も、周辺の信徒家庭の精神的支柱として機能し、現在まで門信徒の結集道場としての役割を果たしている。