水戸城は中世、馬場氏によって築かれたとされ、その後江戸氏が拠点として整備した。17世紀初頭の慶長年間、徳川家康の子・頼房が水戸藩初代藩主となり、以後水戸徳川家が城を大規模に拡張・整備した。薬医門はこの江戸時代を通じた城郭整備の過程で建造されたとみられるが、正確な築造年代は不明である。明治維新後、1873年(明治6年)の廃城令により水戸城の主要建築物は次々と取り壊され、大正・昭和期の市街地化や1945年(昭和20年)の空襲による戦災もあり、城郭建造物の大半が失われた。こうした歴史的経緯の中で、この薬医門は奇跡的に残存した数少ない遺構の一つとして今日に伝わる。現在は茨城県三の丸地区に保存されており…