山崎の合戦(1582年6月13日)は、本能寺の変(6月2日)から11日後、天王山(大山崎)の麓で行われた歴史上最も有名な合戦のひとつ。羽柴秀吉(豊臣秀吉)は毛利氏との交渉を急ぎまとめ、「中国大返し」で約200kmを6日間で行軍して山崎に到着。一方の明智光秀は協力者を集められず、数で劣る軍で迎え撃った。戦いは約半日で秀吉の大勝利に終わり、光秀は逃走中に土民(農民)に討たれた(または自害)。この勝利で秀吉は織田政権の後継者としての地位を確立し、後の天下統一への道を開いた。「天王山を制する者が天下を制する」という言葉の由来もこの合戦。大山崎は古代から交通の要衝で、山城国(京都府南部)と摂津国(大阪府…