[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
宝積寺
京都府
山崎の戦いの古戦場に立つ天王山山腹の古刹
創建
725
種別
寺院
アクセス
京都府乙訓郡大山崎町字大山崎小字銭原一番地
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 725
1301年目
宗派
真言宗智山派
概要
山崎の戦いの古戦場に立つ天王山山腹の古刹。神亀2年(725)、聖武天皇の勅願で行基が創建したと伝わる。天正10年(1582年)の本能寺の変直後、羽柴秀吉(豊臣秀吉)が光秀討伐のため山崎に陣を布いた際、一夜にして城郭を築いたという「一夜之城」の伝説で名高い。本堂・多宝塔(国宝)は室町時代の建築を伝え、天王山からの阪神・京都方面の眺望も素晴らしい。JR山崎駅・阪急大山崎駅から徒歩で参拝できる。
由緒
宝積寺の創建は神亀2年(725年)にさかのぼると伝わる。聖武天皇の勅願を受けた僧侶・行基(668〜749年)がこの天王山に伽藍を開いたのが始まりとされ、以来天王山の鎮護伽藍として歴代皇族・武家の崇敬を受けた。 平安時代、宇多天皇が勅願寺に定めて格式を高め、天王山に龍神が現れたとの伝説から「天王山の宝積寺」として知られるようになった。三宝荒神・福の神としての宝積(打ち出の小槌)信仰も広まり、七福神信仰とも結びついた。 最大の歴史的出来事は天正10年(1582年)の「山崎の合戦(天下分け目の戦い)」である。同年6月2日に明智光秀が本能寺の変で織田信長を討つと、中国地方で毛利と対峙していた羽柴秀…
もっと読む
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード