宝積寺の創建は神亀2年(725年)にさかのぼると伝わる。聖武天皇の勅願を受けた僧侶・行基(668〜749年)がこの天王山に伽藍を開いたのが始まりとされ、以来天王山の鎮護伽藍として歴代皇族・武家の崇敬を受けた。
平安時代、宇多天皇が勅願寺に定めて格式を高め、天王山に龍神が現れたとの伝説から「天王山の宝積寺」として知られるようになった。三宝荒神・福の神としての宝積(打ち出の小槌)信仰も広まり、七福神信仰とも結びついた。
最大の歴史的出来事は天正10年(1582年)の「山崎の合戦(天下分け目の戦い)」である。同年6月2日に明智光秀が本能寺の変で織田信長を討つと、中国地方で毛利と対峙していた羽柴秀…