神亀元年(724年)、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創したと伝わる真言宗の古刹である。創建時、行基が竹生島弁才天を勧請したとされ、「一夜の竹生島」と呼ばれる伝説とともに信仰を集めてきた。中世には天王山の霊地として栄え、正応元年(1288年)には本殿内に三重の小塔が建立された。この小塔は精緻な工芸を示す遺構として後に国の重要文化財に指定されている。近世最大の転機は天正10年(1582年)の山崎の合戦で、羽柴秀吉が明智光秀を討つべく天王山に布陣した際、当寺を本陣として使用したとされる。この史実により宝積寺は合戦ゆかりの地として広く知られるようになった。江戸時代以降は「宝寺」の愛称で親しまれ、打ち…