盛光寺の寺名「盛光」は仏の光明が盛んに輝くことを意味し、禅宗の悟りへの志向と浄土的な光明信仰を合わせもつ寺号である。那覇における臨済宗妙心寺派の寺院は、琉球王国時代の禅宗文化の盛隆を下地として、1879年の琉球処分以降に本土の宗派組織に帰属した寺院が多い。盛光寺の創建年代は明確でないが、近世から続く信仰の場が近代以降に組織化されたとみられる。1945年の沖縄戦で那覇市街は壊滅的な被害を受け、寺院も焼失・損壊した。戦後の米軍統治期に住民が信仰の場を再興し、本土復帰(1972年)後に現在の寺院体制が整えられた。現在は那覇市の臨済宗妙心寺派寺院として、地域の冠婚葬祭・法要を担い禅の教えを伝えている。