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神奈川県
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明王院
神奈川県
四代将軍藤原頼経が鎌倉幕府の鬼門を守護するために建立した五大明王の祈祷寺院
創建
1235 年
種別
寺院
アクセス
神奈川県鎌倉市十二所32
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基本情報
寺院
創建 1235年
791年目
開基・創建者
藤原頼経
→
概要
明王院は鎌倉市十二所に位置する真言宗御室派の寺院で、山号を飯盛山と号します。鎌倉の東端にあたる十二所の谷戸の奥深くに佇むこの寺は、鎌倉で唯一、不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王の五大明王を本尊として安置する寺院として知られています。五大明王は密教において大日如来の化身とされる五体の忿怒の明王で、あらゆる煩悩を打ち砕く力を持つとされています。嘉禎元年(1235年)、四代将軍藤原頼経が鎌倉幕府の鬼門にあたるこの地に将軍家の祈願所として建立しました。鎌倉幕府の祈祷所として重要な役割を果たし、国家鎮護と将軍家の安泰を祈る護摩修法が日々行われていました。現在も護摩祈祷が行われており、真言密教の伝統が脈々と受け継がれています。境内は広くはありませんが、谷戸の地形を活かした落ち着いた佇まいで、観光寺院とは一線を画す修行の場としての雰囲気を色濃く残しています。本堂には五大明王像が安…
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由緒
嘉禎元年(1235年)、四代将軍藤原頼経が鎌倉幕府の鬼門(東北)の方角を守護するため、この地に五大明王を安置する祈祷所を建立しました。開山は鶴岡八幡宮寺の別当も務めた定豪とされています。以来、鎌倉幕府の官寺として手厚い庇護を受け、幕府の重要な祈祷が行われました。鎌倉幕府滅亡後も真言密教の道場として法灯を守り続け、室町・戦国時代を経て、江戸時代には御室派の寺院として存続しました。現在も護摩修法の伝統は途絶えることなく、鎌倉における真言密教の信仰の拠点として多くの信者に支えられています。
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