名護屋城は、豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の拠点とするため、天正19年(1591年)に肥前国松浦郡名護屋(現・佐賀県唐津市)に築城を命じた城郭である。加藤清正・黒田長政ら諸将の助力のもと、わずか5ヶ月という短期間で完成したとされる。最盛期の城域は約13万坪に及び、大坂城に次ぐ規模を誇った。文禄元年(1592年)の第一次出兵(文禄の役)に際し、秀吉自身がこの城に入り出兵を指揮。全国から200以上の大名が周辺に陣屋を構え、城下は一時的に京・大坂に次ぐ大都市の様相を呈したとされる。慶長2年(1597年)の第二次出兵(慶長の役)もここを拠点として行われたが、慶長3年(1598年)に秀吉が没すると…