名護屋城は、豊臣秀吉が文禄元年(1592年)の朝鮮出兵に先立ち、わずか5ヶ月で完成させた巨大城郭である。大坂城に次ぐ規模ともいわれ、全国130家を超える大名・20万人以上の軍勢がこの地に集結した。慶長3年(1598年)に秀吉が没すると城は廃城とされ、建材は各地に移築・転用された。以後、城跡は草木に覆われ「乱世の夢の跡」として長く忘れられたが、1955年(昭和30年)に国の特別史跡に指定された。城跡の保存と歴史顕彰を目的として1993年(平成5年)に佐賀県立名護屋城博物館が隣接地に開館した。博物館は文禄・慶長の役の史料展示にとどまらず、16世紀の日本・朝鮮・中国の交流史という視点で東アジアの歴史…