天正16年(1588年)、豊臣秀吉の軍師として知られる黒田如水(官兵衛)が豊前国に入封し、山国川河口の干潟に築城を開始したのが中津城の起源である。海に面した立地から「今橋城」とも呼ばれ、三方を海と川に囲まれた天然の要害として「日本三大水城」の一つに数えられる。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後、黒田氏が筑前国へ転封となると、細川忠興が豊前・豊後の領主として入城し、城郭の大規模な整備を進めた。元和8年(1622年)には奥平忠昌が入封し、以後明治維新まで奥平氏が中津藩10万石の藩主として城を守り続けた。明治4年(1871年)の廃藩置県に伴い廃城となり、天守をはじめとする建造物の多くが解体・撤去…