天保6年(1835年)、福澤諭吉は大坂の蔵屋敷で生まれたが、翌年父・百助の死去により一家は中津藩士の本拠地である中津へ帰郷し、留守居町のこの地に居を構えた。諭吉はここで幼少期から青年期までを過ごし、藩士の子として漢学などを学んだ。19歳となった嘉永5年(1852年)ごろまで当地に暮らしたとされる。旧居の1階は母屋として家族の生活の場であり、2階は諭吉自らが増築したと伝わる勉学の間で、独学・向学の精神を育んだ空間とされる。その後、諭吉は長崎・大坂で蘭学・英学を修め、幕末には幕府使節団の一員として渡航。明治元年(1868年)には慶應義塾を創設し、「学問のすすめ」をはじめとする著作を通じて日本の近代…