奥平家は三河国を発祥とする武家で、江戸時代初期に豊前中津藩の藩主家として定着した。奥平昌成(まさなり)は1717年(享保2年)に中津藩主となり、この見雲寺に藩主家の菩提所を定めたとされる。以降、歴代藩主の墓所として整備が進められ、五輪塔・宝篋印塔など近世大名家に典型的な石造墓塔が順次建立された。奥平家は中津10万石を約150年にわたって治め、幕末まで藩主の交代ごとに墓所の造営が重ねられた。明治維新後、廃藩置県(1871年)によって中津藩は廃止されたが、墓所はその後も一族・寺院によって維持管理され、近世大名家の葬送文化を伝える史跡として今日に至る。整然と並ぶ石塔群は江戸期における大名家の儀礼と権…