韮山反射炉は、江戸幕府の伊豆代官・江川英龍(号・坦庵)が主導し、その死後を継いだ子の英武が完成させた近代的製鉄施設である。19世紀中頃、欧米列強の艦船が相次いで日本近海に出没するなか、江川英龍は海防強化のため西洋式の大砲鋳造技術の導入を幕府に建言した。オランダの技術書『鉄製大砲鋳造法』を参考に設計が進められ、1853年(嘉永6年)のペリー来航を契機に建設が本格化した。1854年(安政元年)に着工し、1857年(安政4年)に竣工。しかし英龍自身は完成を見ることなく1855年(安政2年)に死去し、英武が事業を引き継いだ。稼働期間は幕末の約3年間にとどまり、主に江戸湾防備のための大砲が鋳造された。明…