延暦13年(794年)の平安京遷都に伴い桓武天皇の勅命で造営が始まり、797年(延暦16年)に初めて記録に現れる官寺。朱雀大路の西側(右京)に建ち、羅城門を挟んで東側の東寺(左寺)と対をなす「右寺」として平安京南端の二大伽藍を形成した。弘仁14年(823年)、嵯峨天皇は東寺を空海(弘法大師)に、西寺を守敏僧都に下賜した。翌天長元年(824年)、淳和天皇の命で神泉苑にて行われた雨乞い対決で守敏は空海に敗北し、西寺の権威は大きく低下した。以後、律令制の崩壊とともに朝廷の庇護も薄れ、正暦元年(990年)の火災でほぼ全焼した。天福元年(1233年)には五重塔も焼失し、以後再建されることなく廃寺となった…