小田原市小船に鎮座する白髭神社は、道開き・旅の安全・導きの神である猿田彦大神(猿田彦命)を祭神とし、小船・中村原・小竹・羽根尾・明沢の五ヶ村にわたる惣鎮守として古来篤く信仰されてきた旧郷社である。社伝では、奈良時代に行基菩薩が小竹山頂に地蔵堂を建てたのが地縁の始まりとされ、平安前期の元慶元年(877年)9月9日に社殿を造営して鎮座祭を行ったのを創建とする。その後一度荒廃したが、嵯峨源氏の流れをくむ松浦四郎入道綱泰が近江国(滋賀)で白髭神の霊夢に感応し、相模国中村郷に下って再興を発願。当地を治めた中村庄司宗平の支援を得て、壮麗な社殿・楼門が再建されたと伝わる。建久2年(1190年)には源頼朝から神領を寄進され、暦応2年(1339年)には足利尊氏から御教書を下賜されるなど、歴代の武将から崇敬を集めた地域の総氏神である。毎年1月7日、日の出とともに行われる奉射祭は五穀豊穣を祈る新年神事で、小田原…
文治年間(鎌倉初期)に記されたという神社縁起によれば、奈良時代に行基菩薩が東国行脚の折、当地の小竹山頂に地蔵堂を建立したのが地縁の始まりという。のち伊勢神宮の神官であった玉串某が仏門に入って広瀬入道実応と名乗り、諸国行脚の途次この地蔵堂に一夜を宿したところ、白髭の老翁の夢を見た。そこで九寸五分の御神像を彫し、社殿を造営して、平安前期の元慶元年(877年)9月9日に盛大な鎮座祭を行ったのを白髭神社の起源と伝える。その後社殿は荒廃したが、現宮司中村氏の祖とされる嵯峨源氏松浦四郎入道綱泰が、近江国滋賀郡(白髭大明神の総本社・近江白鬚神社の鎮座地)で白髭の霊夢に感応し、はるばる相模国中村郷に下って再興…