宝伝寺は1550年(天文19年)頃、後北条氏の重臣によって開基されたと伝わる曹洞宗の寺院である。小田原城下の城山に位置し、後北条五代にわたる時代から武家の菩提寺として機能してきた。本堂に安置される阿弥陀如来像は室町時代の作とされ、浄土教美術の優品として知られる。1590年(天正18年)の小田原合戦では多くの武将が討死し、境内墓地には彼らの墓と伝わる五輪塔が列をなして残る。同年の豊臣秀吉による小田原攻めで後北条氏が滅亡した後も、寺は存続した。江戸時代に入ると、小田原藩主となった大久保氏の庇護を受けて伽藍が整備され、寺観が整えられた。明治以降も曹洞宗寺院として法灯を継ぎ、城下町の歴史と武家信仰の記…