王城山城は神奈川県中郡大磯町の天王山(別称:王城山)に築かれた中世の山城で、天王山城とも呼ばれる。築城年・築城主は史料に明確な記録がないが、後北条氏の祖・北条早雲(伊勢宗瑞)による相模平定期(15世紀末〜16世紀初頭)に整備されたと考えられている。早雲が山内・扇谷両上杉氏と対峙するにあたり、東海道を眼下に収める天王山を拠点化し、高麗山城・住吉要害と連動する三城一体の防衛ラインを構築したとされる。遺構は土塁・空堀(堀切)・複数の曲輪・物見台跡が現存し、標高83.5m・比高68mの山城として戦国期の縄張りを今に伝える。山頂の一部は後年に浄水場として転用されたが、周囲の城郭遺構は踏査可能な状態で保存…