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王城山城跡
神奈川県
北条早雲が東海道を監制するために組んだ三城連動ラインの一角・標高83.5mの天王山に堀切・土塁が残る戦国の山城
種別
アクセス
JR大磯駅から徒歩約15分(天王山ハイキングコース経由)
神奈川県中郡大磯町大磯(天王山)
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基本情報
概要
神奈川県中郡大磯町の天王山(標高83.5m、比高68m)に築かれた中世の山城跡。別名「天王山城」。後北条氏(北条早雲)が東海道の要衝を制するため、高麗山城・住吉要害とともに「三城連動防衛システム」を構築した西端の城とされる。土塁・空堀(堀切)・複数の曲輪が現存し、主郭奥には物見台跡も残る。山頂部の一画に浄水場が設置されているが、周囲の遺構は踏査可能。南麓には古墳時代の「王城山横穴墓群」があり、丘陵が先史以来の人々の営みを重ねた場であることを物語る。また境内には曽我兄弟の兄・十郎祐成の母と伝わる化粧井戸も残り、相模の中世説話が息づく城址。
由緒
王城山城は神奈川県中郡大磯町の天王山(別称:王城山)に築かれた中世の山城で、天王山城とも呼ばれる。築城年・築城主は史料に明確な記録がないが、後北条氏の祖・北条早雲(伊勢宗瑞)による相模平定期(15世紀末〜16世紀初頭)に整備されたと考えられている。早雲が山内・扇谷両上杉氏と対峙するにあたり、東海道を眼下に収める天王山を拠点化し、高麗山城・住吉要害と連動する三城一体の防衛ラインを構築したとされる。遺構は土塁・空堀(堀切)・複数の曲輪・物見台跡が現存し、標高83.5m・比高68mの山城として戦国期の縄張りを今に伝える。山頂の一部は後年に浄水場として転用されたが、周囲の城郭遺構は踏査可能な状態で保存…
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