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岡崎城
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岡崎城
愛知県
創建
1434
種別
アクセス
名鉄東岡崎駅徒歩15分
愛知県岡崎市康生町561-1
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基本情報
創建 1434
592年目
概要
岡崎市に位置する徳川家康の生誕地として名高い城跡。永享6年(1434年)に西郷頼嗣によって築かれ、天文11年(1542年)に松平竹千代(のちの家康)がこの城内で誕生した。現在の三層三階の天守は昭和34年(1959年)復元。岡崎公園内に整備され、家康ゆかりの資料を展示する歴史博物館や龍城神社が隣接する。桜の名所としても著名で、春には「岡崎城下桜まつり」に多くの観光客が訪れ、家康の故郷として年中賑わう。
由緒
岡崎城は永享6年(1434年)、三河の豪族・西郷頼嗣によって龍頭山に築かれたと伝わる。当初は「龍頭山城」とも呼ばれ、松平氏がこの地を支配するにあたり重要な拠点となった。天文11年(1542年)には城内において松平広忠の嫡男・竹千代、のちの徳川家康が誕生し、同城は「神君出生の城」として特別な意義を持つようになった。桶狭間の戦い(1560年)ののち、家康は今川氏から自立し岡崎城を本拠とした。天正18年(1590年)、家康が関東へ移封されると田中吉政が城主となり、城下町の整備や石垣・天守の大規模な改修が行われた。江戸時代には譜代大名が城主として歴代続いたが、明治6年(1873年)の廃城令により天守を…
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徳川家康とのつながり
天文11年(1542年)12月26日、松平竹千代(のちの徳川家康)がこの岡崎城内で誕生した。家康は幼少期を人質として過ごしたが、桶狭間の戦い後に岡崎城に入り、三河統一の拠点とした。徳川氏発祥の地として今も崇敬を集める。
今川義元とのつながり
家康の父・広忠は今川義元に援軍を求め、幼い竹千代を人質に差し出した。義元は竹千代を将来の忠実な同盟者に育てようと駿府で養育。桶狭間で義元が討たれた後、元康は岡崎城に帰還して独立を果たした。

ゆかりの人物
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