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近江神宮
滋賀県
創建
1940
種別
神社
アクセス
京阪近江神宮前駅から徒歩10分
滋賀県大津市神宮町1-1
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基本情報
神社
創建 1940
86年目
御祭神・御本尊
天智天皇
概要
天智天皇を祭神とし、天皇が都を置いた大津京の跡地に昭和15年(1940年)に創建された神社。天智天皇は百人一首の第一番「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ」の作者として知られ、日本初の時計・漏刻を設置したことから時計館宝物館も境内に設けられている。競技かるたの聖地として毎年1月に名人位・クイーン位決定戦が開催されることでも名高く、映画「ちはやふる」シリーズの舞台としても若い世代に広く親しまれている大津を代表する神社。
由緒
近江神宮は、飛鳥時代の668年に第38代天智天皇が都を大津に遷した「大津京」の故地に鎮座する。天智天皇は中大兄皇子として大化の改新を推進し、即位後は律令国家の基礎を築いた。また671年には漏刻(水時計)を設置して臣民に時を知らせたと『日本書紀』に記され、日本における時刻制度の祖とされる。大津京は天智天皇崩御(671年)の翌年に廃都となったが、その遺徳を後世に伝える社が設けられたとは記録されておらず、奉祀の場としての整備は近代を待つこととなった。昭和15年(1940年)、紀元2600年を奉祝する国家的事業の一環として、天智天皇を祭神とする近江神宮が創建され、官幣大社に列せられた。戦後は宗教法人と…
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