大光明寺は、鎌倉時代末期〜南北朝時代の皇室と禅宗の関係を示す重要な寺院のひとつ。開基は花園天皇(在位1308〜1318年、法名:大光明寺殿華岳院)で、退位後に禅宗(臨済宗)に深く帰依し、相国寺の開創にも関わった夢窓疎石(むそうそせき、1275〜1351年)の師・南浦紹明(なんぽじょうみょう)の法孫に当たる禅僧の指導を受けた。
花園上皇は退位後、北山に離宮を営んで禅の修行に励み、仁和寺の一帯を禅院に転じようとも試みた。その後、後醍醐天皇(花園の弟)が倒幕を図り建武の新政を起こし、南北朝の対立が生じた。花園上皇は北朝側の立場をとりつつも、禅の修行から離れることなく晩年を送り、貞和4年(1348年…