万年山真如寺の前身は正応元年(1288年)頃に創建された草庵に遡る。暦応5年(1342年)、室町幕府の精神的支柱となった禅僧・夢窓疎石(1275–1351年)が現在の伽藍に再興し、臨済宗相国寺の系統に属する寺院として確立した。夢窓疎石は西芳寺・天龍寺・銀閣寺など多くの名刹の庭園を手がけた造園の名手でもあり、真如寺の庭園も疎石の設計に基づくと伝わる。足利将軍家の帰依を受け、室町時代には将軍家ゆかりの女性たちの菩提を弔う場として機能した。金閣寺・銀閣寺と同じ相国寺の傘下に属する三末寺として、室町幕府の栄華とともに発展した歴史を持つ。現在も非公開を守り、洛北の静寂の中で禅の法灯を伝えている。