臨済寺の草創は室町時代に遡るとされるが、現在の寺観の基礎は天文5年(1536年)、今川義元の軍師として知られる禅僧・太原雪斎による中興にある。雪斎は臨済宗妙心寺派の高僧であり、今川氏の帰依を受けてこの地を禅の拠点として整備した。戦国期には今川氏の精神的権威を支える寺院として重きをなし、人質として駿府に送られた幼少の竹千代(後の徳川家康)がここで雪斎のもとに学んだと伝わる。帝王学・禅・武略を授けられたとされるこの縁は、後の江戸幕府成立にも深く関わるものとして広く知られる。今川氏滅亡後も寺は法灯を保ち、江戸時代には徳川家とのゆかりもあって一定の保護を受けたとされる。明治以降の近代化の波を経てもなお…