社伝によれば創建は大宝元年(701年)頃。かつてこの地は大阪湾に浮かぶ孤島・曾根崎洲であり、住吉の神「曾根神」を祀ったことに始まるとされ、難波八十島祭の旧跡の一社に数えられる。
社名の由来には二説ある。延喜元年(901年)に菅原道真が太宰府左遷の途中この地に立ち寄り、「露とちる涙に袖は朽ちにけり都のことを思い出づれば」と詠んだことに由来するという伝承と、梅雨のころに社前の井戸から水が湧き出たためとする説がある。道真を祀ることで後に日本七神明の一社に数えられた。
神社が全国に名を馳せたのは元禄16年(1703年)4月7日のことである。堂島新地の遊女「お初」と商家の手代「徳兵衛」が境内の天神の…