横浜市金沢区洲崎町に位置する真言宗御室派準別格本山の古刹で、正式には知足山龍華寺と号する。本尊は大日如来。明応8年(1499年)、扇谷上杉氏の重臣・菅野資方を開基、印融の弟子・融辨を開山として創建されたと伝わる。前身は六浦の浄願寺と金沢の光徳寺の二寺で、これを併合して当寺が成立した。天正19年(1591年)に徳川家康が金沢遊覧の途次に当寺へ宿泊した際、寺名を「龍源寺」と誤って奏上されたが、家康は「龍は源より出でるとは縁起良し」と称賛し、寺領五石の朱印地を寄進したと伝わる。江戸時代には金沢の豪農・泥亀永島家の菩提寺として外護を受け、伽藍の維持・整備が進められた。本堂には脱活乾漆造の菩薩半跏像(天平仏・神奈川県指定文化財)が伝わり、奈良時代の希少な仏像として高い文化財的価値を持つ。さらに梵鐘(神奈川県指定)、旧本尊の弥勒菩薩坐像(明応9年・1500年作)、龍華寺聖教4686点(横浜市指定有形文…
知足山龍華寺は明応8年(1499年)、扇谷上杉氏の重臣であった菅野資方を開基、印融の弟子・融辨を開山として創建された真言宗御室派準別格本山の寺院である。前身は六浦の浄願寺と金沢の光徳寺の二寺であり、これを併合して新たに開創された経緯を持つ。本尊には大日如来を奉安する。天正19年(1591年)、徳川家康が金沢遊覧の途次に当寺へ宿泊した折、寺名が「龍源寺」と誤って奏上されたものの、家康はこれを「龍は源より出でるとは縁起良し」と称賛し、寺領五石の朱印地を寄進したという縁起が今に伝わる。江戸時代には金沢の豪農として知られた泥亀永島家の菩提寺となり、その外護を受けて伽藍の維持・整備が継続された。文化財と…