三殿台遺跡(さんとのだいいせき)は、横浜市磯子区岡村の標高約55mの台地上に広がる、縄文・弥生・古墳の三時代にわたる複合集落遺跡である。約1万平方メートルの平坦な丘の上に、長期間にわたって人々が「ムラ」を営んだ痕跡が層をなして残る。1961年(昭和36年)、小学校建設に伴って和島誠一を主任とする大規模な発掘調査が行われ、遺跡残存部のほぼ全域が掘り尽くされた。その結果、竪穴住居跡が252棟も確認され、内訳は縄文時代8棟・古墳時代43棟、残りの大部分が弥生時代のものという、弥生集落として全国屈指の規模を示した。1966年(昭和41年)に国の史跡に指定され、翌1967年(昭和42年)には隣接して横浜市三殿台考古館が開館。遺跡は現地保存され、敷地内には竪穴住居の復元建物や、発掘された住居跡をそのまま覆って保護する施設が設けられ、地面には検出された住居跡の位置が表示されている。出土した土器・石器など…
三殿台の丘では、縄文時代から人々の暮らしが始まり、弥生時代に集落が最盛期を迎え、古墳時代まで断続的に居住が続いた。標高約55mの見晴らしのよい台地は、水利と防御に適した古代の好適地であったと考えられる。1961年(昭和36年)、岡村小学校分校の建設計画を契機に、和島誠一を主任とする発掘調査団が組織され、延べ多数の市民・学生が参加する大規模調査が実施された。約1万平方メートルの遺跡残存部全域が掘り尽くされ、252棟の竪穴住居跡のほか、多数の土器・石器・装身具などが出土した。この調査は、一遺跡の全域を発掘して集落の全体像を明らかにした戦後考古学の画期的事例として知られ、「ムラ」研究の原点のひとつに…