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佐藤本陣跡
神奈川県
将軍家茂が1863年上洛途次に宿泊した川崎宿「上の本陣」跡・詩人佐藤惣之助の生家でもある
創建
1623 年
種別
史跡
アクセス
JR川崎駅から徒歩5分、京急川崎駅から徒歩3分
神奈川県川崎市川崎区砂子1-2付近(旧東海道沿い)
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基本情報
史跡
創建 1623年
403年目
概要
神奈川県川崎市川崎区砂子の旧東海道沿いに立つ、東海道川崎宿「上の本陣」佐藤家の跡地。別名「惣左衛門本陣」と呼ばれ、門構え・玄関付き・敷地181坪の格式ある本陣建築で、幕末の文久3年(1863年)には第14代将軍徳川家茂が上洛(将軍としては229年ぶりの上洛)の途次に宿泊した記録が残る——家茂の上洛は幕末の公武合体政策の象徴的行事で、京都で孝明天皇と攘夷決行を協議するための旅であった。佐藤本陣は明治23年(1890年)に詩人・作詞家の佐藤惣之助(1890-1942年)の生家でもあり、惣之助は大正〜戦前に活躍し『赤城の子守唄』『六甲おろし』『人生の並木路』など数多くの著名歌曲の作詞を手がけた昭和を代表する詩人。本陣建物自体は明治以降に失われたが、佐藤惣之助の顕彰碑とともに跡地に案内板が設置され、川崎宿の格式と近現代文化を結ぶ貴重な史跡となっている。JR川崎駅から徒歩5分、現在はセブン-イレブン…
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由緒
元和9年(1623年)川崎宿設置と同時に砂子町に置かれた「上の本陣」。別名「惣左衛門本陣」、門構え・玄関付・敷地181坪。幕末の文久3年(1863年)、14代将軍徳川家茂が229年ぶりの将軍上洛の途次に宿泊。明治23年(1890年)には詩人・佐藤惣之助(1890-1942)がこの家に誕生、後に『赤城の子守唄』『六甲おろし』等の作詞家として昭和を代表する詩人となった。明治以降に本陣建物は失われたが、跡地には佐藤惣之助顕彰碑と史跡案内板が立つ。
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文久3年(1863年)3月4日、14代将軍・徳川家茂は、3代将軍家光の寛永11年(1634年)以来229年ぶりとなる将軍上洛を行い、江戸を発って東海道を上った。その初日の宿所となったのが川崎宿の佐藤本陣であった。上洛の目的は孝明天皇と攘夷の期日について協議することで、当時17歳の家茂は和宮との婚姻で公武合体の象徴となっていたが、実際は朝廷の強硬攘夷要求と幕府の開国現実論との板挟みに苦悩する旅であった。この上洛は家茂4度の上洛の初回で、後に慶応2年(1866年)大坂城で病没する21歳の短い将軍生涯を象徴する政治的転機となった。佐藤本陣はその歴史的旅の第一夜の宿として、幕末史に名を刻んでいる。
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