奈良時代、僧・道鏡が孝謙上皇から賜った十一面観音を相模国に安置したのが始まりと伝わる。当初は補陀落山と号し弓削氏の氏寺であったが、天長7年(830年)に現在地へ移り、室町期に勝福寺と改称した。後北条氏の崇敬を受け、戦国期には小田原防衛の一翼を担った。曾我兄弟が父の仇討ち成就を祈願した寺、また少年期の二宮金次郎(後の尊徳)が薪を背負いながら参籠して発心したと伝えられる寺としても広く知られる。本堂は宝永3年(1706年)の再建。境内には道鏡ゆかりとされる古井戸や、二宮尊徳幼時参籠の記念碑なども伝わる。坂東三十三観音第五番札所「飯泉観音」として、相模随一の観音霊場として今も多くの巡礼者・参拝者を迎え…