開塔山と号する曹洞宗の古刹。宝徳2年(1450年)の鎌倉八幡宮関連文書にすでにその名が見え、横浜有数の歴史を持つ。もとは真言宗であったが、寛文年間(1661-1673年)に本覚寺の朝鑑秀賀が中興して曹洞宗に改めた。横浜三十三観音霊場第15番札所。幕末の開港直後、アメリカ人宣教師ジェームス・カーティス・ヘボン博士がこの寺に施療所を開設したことで知られる。ヘボン博士はヘボン式ローマ字の考案者にして、日本初の和英辞典『和英語林集成』の編纂者、聖書の日本語訳にも携わり、後に明治学院を創設した。境内にはヘボン博士施療所跡の記念碑が立つ。神奈川宿の高台に位置し、東海道の歴史を今に伝える。