東本願寺(慈光山)の起源は江戸時代初期にさかのぼる。もともと浅草に寺地を構えていたが、明暦3年(1657年)に発生した明暦の大火(振袖火事)により堂宇を焼失した。この大火を契機に、現在の墨田区東駒形の地へ移転・再建されたとされる。江戸時代を通じて浄土真宗東本願寺派の関東における重要な拠点として機能し、親鸞聖人の教えを関東各地に広める布教の中心地の一つとなった。明治期以降は宗派の独立と組織整備が進められた。近代の大きな画期となったのは昭和9年(1934年)で、建築家・伊東忠太の設計によるインド・サラセン様式を取り入れた個性的な本堂が完成した。伊東忠太は築地本願寺など仏教建築に独自の東洋的意匠を用…