駿府の地は今川氏の本拠地として栄え、幼少期の徳川家康(竹千代)はここで人質として過ごした。天正13年(1585年)、家康は今川氏旧領の駿府に城を築き、東海の要衝に拠点を構えた。しかし天正18年(1590年)、豊臣秀吉の命により家康が関東へ移封されると、駿府城には豊臣系の城主が置かれた。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後、家康が実権を掌握し、慶長12年(1607年)に城を大規模に拡張・改修。天守は五重七階とも伝わる巨大なものとされた。慶長8年(1603年)に江戸幕府を開いた家康は、慶長10年(1605年)に将軍職を秀忠に譲った後も大御所として駿府城に居住し、外交・政務を執り続けた。元和2年…