山口県防府市大崎に鎮座する**周防国一宮**(周防一之宮)で、旧社格は**国幣中社**、現在は**別表神社**。祭神は**玉祖命**(たまのおやのみこと)——勾玉を作る職人集団「**玉作部**」の祖神で、**天岩戸隠れ**では天照大神を岩戸から引き出すための神器として**八尺瓊勾玉(三種の神器の一つ)**を製作した。その後、邇邇芸命の**天孫降臨に随伴した五伴緒(いつとものを)の一人**として地上に降り、その没地が現在の境内と伝わる。境内には玉祖命の墳墓とされる**「玉乃岩屋」**が現存し「御本神没地」の碑が立つ。延喜式神名帳(927年)所載の古社で、文献初出は**天平10年(738年)の『周防国正税帳』**。俊乗房重源が建久6年(1195年)に造替した際の**目録(国重要文化財)**が伝わり、大内義興の「**周防五社詣**」(1497年)ではその第一番目に数えられた。毛利輝元は天正17年…
玉祖神社の創建年代は不詳。社伝では「祭神・玉祖命がこの地で没したため社殿を造営した」と伝え、境内の**玉乃岩屋(玉の石屋)**は玉祖命の墳墓とされる。文献上の初出は**天平10年(738年)の『周防国正税帳』**で、奈良時代にはすでに国家の祭祀対象として認識されていた。延長5年(927年)の延喜式神名帳には「周防国佐波郡 玉祖神社二座(小社)」として記録されており、正一位勲一等の神階が授けられた記録も残る。
**鎌倉時代**、東大寺再建を主導した**俊乗房重源**は建久6年(1195年)に社殿を造替して免田10町を寄進した。この造替に際し重源自筆で作成された「**周防国一宮造替神殿宝物等目録*…