慶安4年(1651年)に東海道沿いの江戸南入口に設置された鈴ヶ森刑場は、北の小塚原刑場と並ぶ江戸二大刑場の一つ。明治4年の廃止までの220年間に推定10万人以上が処刑された。最初の処刑者は慶安の変の首謀者・丸橋忠弥(磔刑)。延宝7年(1679年)には平井権八(歌舞伎では白井権八)が辻斬りの罪で磔刑。権八と遊女小紫の悲恋は歌舞伎の名場面として知られる。天和3年(1683年)には八百屋お七が放火の罪で火炙りの刑に。享保14年(1729年)には八代将軍吉宗の落胤を騙った天一坊が磔刑。現在も磔台石・火炙り台石・首洗いの井戸が現存。東京都指定史跡。