山口県山口市三の宮に鎮座し、味耜高彦根命(左殿)・住吉三神(中殿)・下照姫命(右殿)を祀る延喜式内社。旧社格は県社。周防国一宮・玉祖神社(防府市)、二宮・出雲神社(山口市徳地)と並ぶ「周防国三宮」で、明応3年(1494年)に大内義興が九州遠征から凱旋の際に周防国内五社を順に巡拝し、当社が三宮であることが確認された。長治元年(1104年)に宮野下村から現在地へ遷座。永禄12年(1569年)の大内輝弘の乱で焼失後、享保5年(1720年)に毛利吉元が再建した本殿は山口県指定文化財に指定されたが、平成9年(1997年)の火災で焼失し、平成12年(2000年)に再建された。市指定重要文化財の「木造獅子頭」(慶長13年・1608年銘、楠材・黒漆塗り)は下顎に「周防国三之宮」の銘文を持つ貴重な工芸品。大内氏・毛利氏の文書を多く所蔵する、「西の京」山口の歴史を伝える古社である。
仁壁神社の創建年代は不詳だが、延長5年(927年)の延喜式神名帳に「周防国佐波郡 仁壁神社」として登録されており、平安初期にはすでに官社として認められていた。神階の昇叙記録も残り、天慶2年(939年)・承暦5年(1081年)・治承4年(1180年)・文治3年(1187年)の四度にわたり神階が加えられ、正三位に達している。長治元年(1104年)、宮野下村に鎮座していた社が玉光の瑞祥(玉のような光が終日出現)を契機に現在地(三の宮)へ遷座した。
中世には大内氏の崇敬を受けた。明応3年(1494年)、大内義興が九州遠征から帰還した際に周防国内五社を順に巡拝して戦勝を奉告したが、当社が第三番目に参拝さ…