田原神社の東殿の起源は、天平5年(733年)成立の『出雲国風土記』島根郡条に「田原社」として記録されることから、少なくとも奈良時代初期以前に遡る古社である。原鎮座地は法吉郷の「田原谷」(現・春日町付近)とされ、戦国期の兵火により天正年間(1573〜1592年頃)に現在の奥谷の地へ遷座したと伝わる。一方、西殿の起源となる宇賀社(三所荒神)は、かつて松江城が築かれた亀田山に鎮座していた。慶長16年(1611年)、初代松江藩主・堀尾吉晴が亀田山に松江城を築城するにあたり、山上の宇賀社を奥谷村の宇賀谷へ強制遷座させた。さらに延宝2年(1674年)、宇賀社が田原社の境内に移祭され、東西二殿が並立する現在…
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御祭神「建御雷之男神・経津主神・天津児屋根命・姫大神(東殿)/宇迦之御魂神・須佐之男命・奥津日子命・奥津日売命(西殿)」のご神徳に由来