桐岳寺は、初代松江藩主・堀尾忠氏の次男として生まれた堀尾小次郎が慶長14年(1609年)8月6日に夭折したことを契機に創建された。忠氏の後室・長春院が息子の菩提を弔うべく、慶長15年(1610年)8月、伯耆国境に近い安来市広瀬町富田桜崎(当時の富田城下)に一宇を建立し、開山に龍岳道門を招請した。堀尾家はこの頃、忠氏が1604年に没し、後継の忠晴も後継なく1633年に断絶するという厳しい運命を辿っており、小次郎の早世はその始まりを告げるものであった。
慶長18年(1613年)、松江城築城完了後の城下町整備に際し、寺は現在地・奥谷町に移転した。奥谷町は松江城北側の武家屋敷地・塩見縄手に隣接する寺…