秋田藩主佐竹家の菩提寺として知られる曹洞宗の名刹で、本尊は観音菩薩。寺伝では寛正3年(1462年)、常陸国(現茨城県)にて佐竹義人が亡き夫人の菩提を弔うため創建したとされ、慶長7年(1602年)の佐竹氏秋田転封に伴い当地に移転、現在地には寛永3年(1624年)の火災後に再建された。本堂・書院・山門・総門の4棟が平成2年(1990年)に国の重要文化財に指定されている。中でも貞享4年(1687年)建立の本堂は間口約30mの大規模な茅葺建築で、東北地方の禅宗本堂建築を代表する遺構として高く評価されている。境内には寛文12年(1672年)造営の佐竹家霊屋(御霊屋)があり、秋田藩歴代藩主の位牌・霊牌が祀られ、近世の大名家菩提寺の姿を今に伝えている。
天徳寺は寛正3年(1462年)、常陸国(現・茨城県)の領主であった佐竹義人が亡き夫人の菩提を弔うため、太田郷天徳村に創建した曹洞宗の寺院に始まる。佐竹氏は鎌倉時代以来の名族で、戦国期には常陸国の有力大名として勢力を誇ったが、関ヶ原の戦い後の慶長7年(1602年)、徳川家康によって出羽国秋田へ転封された。これに伴い天徳寺も秋田へ移転し、当初は楢山愛宕町に置かれたが、寛永3年(1624年)の火災を機に現在地である秋田市泉三嶽根に再建された。さらに延宝4年(1676年)の火災により多くの堂宇を失ったが、5代藩主佐竹義処の時代に再興が進み、貞享4年(1687年)に本堂が、宝永6年(1709年)に山門が…