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寺田屋
寺田屋
種別
史跡
アクセス
京阪中書島駅から徒歩5分
京都府京都市伏見区南浜町263
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基本情報
史跡
概要
伏見の船宿で坂本龍馬が襲撃された「寺田屋事件」の舞台。慶応2年(1866年)、薩長同盟締結直後に伏見奉行所の捕方に襲われた龍馬を、入浴中の妻・お龍が裸で階段を駆け上がり危機を知らせた逸話は有名。龍馬はピストルで応戦し辛くも脱出した。寺田屋騒動(1862年・薩摩藩士の同士討ち)の舞台でもある。現在の建物は再建だが当時の雰囲気を伝える。柱に残る刀傷や弾痕が往時を偲ばせる。近くには伏見稲荷・月桂冠大倉記念館なども位置し、伏見観光の定番スポット。
由緒
寺田屋は京都・伏見の濠川沿いに位置する船宿で、創建の詳細な年代は不明だが、江戸時代より伏見の水運を支える旅籠として営業していたとされる。文久2年(1862年)、尊王攘夷派の薩摩藩士が同宿に集結し過激な行動を計画したところ、藩命を受けた有馬新七ら同士が粛清される「寺田屋騒動」が起きた。この事件は幕末の政治的混乱を象徴する出来事として知られる。慶応2年(1866年)1月、薩長同盟締結直後に坂本龍馬が伏見奉行所の捕方に急襲される「寺田屋事件」が発生。入浴中であった妻・お龍が裸で階段を駆け上がり龍馬に危機を知らせ、龍馬はピストルで応戦しつつ辛くも脱出した。明治維新後、寺田屋は鳥羽・伏見の戦い(慶応4年…
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関連する歴史的事件
2

1866
薩長同盟
1866年(慶応2年)1月21日、薩摩藩と長州藩が坂本龍馬・中岡慎太郎の仲介で締結した軍事同盟。薩摩の西郷隆盛・大久保利通と長州の木戸孝允(桂小五郎)が密約を交わし、両藩が長年の確執を乗り越えて協力することで合意した。この同盟が幕府に対抗する倒幕運動の中核となり、翌1867年の大政奉還、1868年の明治維新へとつながった。「いろは丸事件」で有名な龍馬は、当時「海援隊」を率いており、両藩の仲介者として歴史にその名を刻んだ。薩長同盟は明治維新を可能にした最重要の政治的合意として評価される。
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1867
近江屋跡(龍馬暗殺の地)
慶応3年(1867年)11月15日、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された醤油商・近江屋の跡地。龍馬33回目の誕生日に、数名の刺客が二階に押し入り龍馬は額を斬られ即死に近い状態で絶命した。中岡慎太郎も重傷を負い2日後に死亡。実行犯は京都見廻組の佐々木只三郎らとする説が有力。現在は石碑とプレートが設置されており、11月15日の龍馬の命日には多くのファンが訪れる。河原町通蛸薬師の交差点付近に位置する。
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坂本龍馬とのつながり
慶応2年(1866年)1月23日、薩長同盟を結んだ直後の龍馬が伏見奉行所の捕方に襲撃された。妻・お龍が裸のまま階段を駆け上がり龍馬に危機を知らせ、龍馬はピストルで応戦して辛うじて脱出。この事件後、薩摩藩邸に匿われた龍馬はお龍と共に薩摩(鹿児島)への旅に出発した。これが日本初の新婚旅行とされる。

ゆかりの人物
1

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