寺田屋は京都・伏見の濠川沿いに位置する船宿で、創建の詳細な年代は不明だが、江戸時代より伏見の水運を支える旅籠として営業していたとされる。文久2年(1862年)、尊王攘夷派の薩摩藩士が同宿に集結し過激な行動を計画したところ、藩命を受けた有馬新七ら同士が粛清される「寺田屋騒動」が起きた。この事件は幕末の政治的混乱を象徴する出来事として知られる。慶応2年(1866年)1月、薩長同盟締結直後に坂本龍馬が伏見奉行所の捕方に急襲される「寺田屋事件」が発生。入浴中であった妻・お龍が裸で階段を駆け上がり龍馬に危機を知らせ、龍馬はピストルで応戦しつつ辛くも脱出した。明治維新後、寺田屋は鳥羽・伏見の戦い(慶応4年…