鳥越城は文明年間(1469〜1487年)頃、白山麓の山内(さんない)一帯を治めた鈴木氏によって築かれ、加賀一向一揆の拠点のひとつとして整備されたとされる。加賀では長享2年(1488年)以来、本願寺門徒が守護富樫氏を倒して約100年にわたり「百姓の持ちたる国」と呼ばれる自治を続けていた。天正8年(1580年)、織田信長の北陸方面軍を率いる柴田勝家は金沢御坊(尾山御坊)を攻略し、さらに白山麓へ侵攻。手取川の地形を生かした一揆勢の抵抗に苦戦したが、調略で一揆の指導者を謀殺すると、同年11月に鳥越城を落城させた。その後も山内衆の抵抗は続き、天正9年・10年と再度の蜂起・鎮圧が繰り返された末、天正10年…