鳥越城跡
鳥越城跡
石川県
「百姓の持ちたる国」加賀一向一揆 最後の砦——柴田勝家の攻略で約100年の自治が潰えた手取川の山城
創建
1480
種別
アクセス
JR加賀笠間駅からタクシーで約20分
石川県白山市三坂町地内
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基本情報
創建 1480
546年目
概要
石川県白山市に所在する山城跡で、加賀一向一揆の最後の砦として歴史に名を残す。手取川を望む標高312mの山上に築かれた要害で、本願寺門徒による「百姓の持ちたる国」の最終防衛線となった。織田信長の命を受けた柴田勝家らの軍勢が侵攻し、天正8年(1580年)に落城。なおも山内衆(さんないしゅう)の抵抗は続いたが、天正10年(1582年)の徹底的な残党狩りで約100年続いた加賀一向一揆は終焉を迎えた。現在は国の史跡に指定され、本丸・枡形門・堀切などが復元・整備された城址公園として、白山と手取川を望む展望とともに多くの歴史ファンが訪れる。
由緒
鳥越城は文明年間(1469〜1487年)頃、白山麓の山内(さんない)一帯を治めた鈴木氏によって築かれ、加賀一向一揆の拠点のひとつとして整備されたとされる。加賀では長享2年(1488年)以来、本願寺門徒が守護富樫氏を倒して約100年にわたり「百姓の持ちたる国」と呼ばれる自治を続けていた。天正8年(1580年)、織田信長の北陸方面軍を率いる柴田勝家は金沢御坊(尾山御坊)を攻略し、さらに白山麓へ侵攻。手取川の地形を生かした一揆勢の抵抗に苦戦したが、調略で一揆の指導者を謀殺すると、同年11月に鳥越城を落城させた。その後も山内衆の抵抗は続き、天正9年・10年と再度の蜂起・鎮圧が繰り返された末、天正10年…
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