新宿区市谷八幡町に位置する曹洞宗の寺院で、山号は龍谷山。慶長7年(1602年)、高田寳祥寺の二世・叔松應大和尚(高丘大材禅師、元和2年〈1616年〉寂)を開山として創建された。寳祥寺の末寺として江戸時代を通じて法灯を守り、当時は寺領七百七十七坪に加え町屋敷五十三坪を拝領していたと伝わる。境内には明治30年(1897年)に静岡・方広寺の半僧坊大権現を勧請した半僧坊堂が山門内左側に残り、火災・厄災除けの信仰を集めてきた。市谷亀岡八幡宮の東に隣接し、両社寺は江戸時代より「神仏習合」の関係を保ってきた。新宿七福神の布袋尊霊場としても知られ、正月の七福神巡りでは多くの参拝者が訪れる。JR・東京メトロ市ヶ谷駅から徒歩5分、静かな高台に佇む坐禅と念仏の道場。
洞雲寺は慶長7年(1602年)、徳川家康が江戸幕府を開いた直後の江戸の都市整備のなか、高田(現在の豊島区高田一帯)にあった寳祥寺の二世住持・叔松應大和尚(高丘大材禅師)を開山として創建された曹洞宗の寺院である。叔松應大和尚は元和2年(1616年)に遷化し、開山として寺の礎を築いた。江戸時代を通じて寳祥寺の末寺として位置づけられ、市谷八幡町の地に伽藍を構えた。当時の境内は七百七十七坪と記録されており、これに加えて寺の経済を支える町屋敷五十三坪も拝領していた。市谷亀岡八幡宮(文明11年〈1479年〉太田道灌創建)の東隣に位置することから、神仏習合の慣習に従って八幡宮の別当寺的な役割も担い、地域住民…