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阪急梅田駅茶屋町口より徒歩5分、大阪メトロ中津駅より徒歩7分
大阪府大阪市北区神山町9-11
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受験合格・学業成就・論文執筆・書道上達。天神信仰(菅原道真公)ゆかりの天満宮に多い。
御祭神「嵯峨天皇・菅原道真公」のご神徳に由来
大阪市北区神山町に鎮座する、梅田・北野一帯の氏神。弘仁13年(822年)、嵯峨天皇が摂津国菟餓野に行幸された折に頓宮を設けたのが始まりで、承和10年(843年)皇子の源融が嵯峨天皇を祀る「神野太神宮」を創建した。昌泰4年(901年)、大宰府左遷の途上この地に立ち寄った菅原道真が、盛りの紅梅を眺めるため船の艫綱を敷いて座としたことから「綱敷」の社号が生まれたと伝わる。正暦4年(993年)に道真の神霊を合祀して以降、学問・梅の神として信仰を集め、周辺の「北野」「茶屋町」「神山町」の町名もこの神社に由来する。梅田・茶屋町という日本屈指の繁華街のすぐ北、静かな神山町の路地に鎮まる朱塗りの社殿は、平安初期から千二百年の法統を今に伝える。阪急梅田駅より徒歩5分。
弘仁13年(822年)嵯峨天皇頓宮設置、承和10年(843年)源融が神野太神宮として創建。昌泰4年(901年)菅原道真が梅見の際に艫綱を敷いて座としたことから「綱敷」の名が生じ、正暦4年(993年)道真を合祀。梅田・北野・茶屋町・神山町の地名由来となった一帯の氏神。
弘仁13年(822年)、嵯峨天皇は摂津国菟餓野に行幸され、この地に頓宮(行幸時の仮御所)を設けた。嵯峨天皇の崩御後、皇子の源融が父帝を慕って承和10年(843年)この頓宮跡に「神野太神宮」を創建し嵯峨天皇を祀った。これが綱敷天神社の直接の起源である。嵯峨天皇は平安京遷都後まもなくの治世で文芸を愛し唐風文化を推進した君主で、菅原道真とも縁の深い菅原氏の興隆期を準備した存在。梅田の地にその魂を祀る神社が残ることは、都が京に移ってなお摂津国との紐帯が強かった平安初期の文化圏を物語っている。
昌泰4年(901年)1月、太宰府へ左遷される菅原道真は淀川を下り難波津へ向かう途中、摂津国菟餓野のこの地に立ち寄った。満開の紅梅があまりに美しく、船の艫綱(とも綱)を解いて地に敷き座として眺めたと伝わり、これが社名「綱敷」の由来となった。道真が没した延喜3年(903年)、正暦4年(993年)に道真の神霊が合祀されて以来、当社は梅田・北野一帯の梅と学問の神として信仰を集めてきた。境内の紅梅は早春に咲き、「綱敷の梅」として大阪市民に親しまれている。
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