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綱敷天神社 御旅社(梅塚天満宮)
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綱敷天神社 御旅社(梅塚天満宮)
大阪府
創建
901
種別
神社
アクセス
阪急梅田駅茶屋町口より徒歩3分
大阪府大阪市北区茶屋町12-5
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基本情報
神社
創建 901
1125年目
御祭神・御本尊
菅原道真公
ご利益
学問成就
芸能・技芸上達
受験合格・学業成就・論文執筆・書道上達。天神信仰(菅原道真公)ゆかりの天満宮に多い。
御祭神「菅原道真公」のご神徳に由来
概要
阪急梅田駅からすぐの茶屋町に鎮座する、綱敷天神社御本社の御旅社。昌泰4年(901年)、大宰府左遷の途にあった菅原道真がこの地で満開の紅梅に船の艫綱を敷いて座を設え、歌を詠んだと伝わる故事の地。後にその紅梅の下に「梅塚天満宮」が創建され、平安中期には御本社の神野太神宮と合祀されて綱敷天神社の御旅社となった。明治4年(1871年)の上知令で一旦境内を没収されたが、茶屋町住民の寄進により現在地に再興された。一般の御旅所と異なり独立した社殿を有するため「御旅社」と呼称される。「茶屋町」の地名はかつて綱敷天神社が接待用の茶屋を置いたことに由来し、現在も大阪屈指のトレンド発信地の中で千年前の道真の故事を伝える貴重な社。阪急梅田駅茶屋町口より徒歩3分。
由緒
昌泰4年(901年)、菅原道真が紅梅の下で艫綱を敷いて座とした故事に因み、後に梅塚天満宮が創建。平安中期に御本社の神野太神宮と合祀され御旅社となった。明治4年(1871年)上知令で境内没収、茶屋町住民の寄進で現在地に再興。独立社殿を持つ珍しい御旅社。
菅原道真とのつながり
昌泰4年(901年)、大宰府左遷が決まった菅原道真は淀川を下って難波津から九州へ向かう途次、摂津国菟餓野の紅梅の美しさに惹かれて船を寄せ、艫綱を地に敷いて座とし、梅を眺めて歌を詠んだと伝わる。後にその紅梅の下に塚が築かれ「梅塚天満宮」となり、これが御旅社の起源となった。大阪市北区に「茶屋町」という都市名が残り、阪急梅田の繁華街の中心に道真ゆかりの小さな社が今なお鎮まっているのは、この故事が千二百年にわたり語り継がれてきた証である。

ゆかりの人物
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